【ナルト】ガイ先生は死んだの?車椅子生活の理由や父親のその後なども!

【ナルト】ガイ先生は死んだの?車椅子生活の理由や父親のその後なども!
 
 
その特異な容姿からネタキャラ扱いされながらも暁の鬼鮫を何度も打倒し、

うちはマダラすら一目を置く戦闘能力と、熱く胸に残るセリフで絶大な人気を誇るガイ先生ことマイト・ガイ。
 
 
しかし、そのガイ先生も第四次忍界大戦ではかなりの重症を負ったようで、戦闘不能となってしまいました。
 
 
そこで、今回はガイ先生は死んだのか?車椅子生活の理由やガイ先生の父親について、そしてガイ先生のその後などをまとめていきたいと思います。

【ナルト】ガイ先生は死んだの?車椅子生活の理由について

ガイ先生といえば体術のスペシャリストであり、第四次忍界大戦ではうちはマダラに認められるほどの実力です。
 
 
しかし、ガイ先生の体術といえば八門遁甲、

マダラ戦においてガイ先生は八門全て開けば一時的に火影を越える力を手に入れるが、

その代償で死ぬという八門全て開き、マダラ戦後、燃え尽きたように倒れます。
 
 
つまり、本来であればここでガイ先生は燃え尽き死んでしまった事になりますが、上記の画像の通り、忍界大戦後もガイ先生は生存しており、元気な笑顔を見せています。
 
 
弟子のリーも少年期に我愛羅に敗北後、二度と忍として活動できない身体になり、

失敗すると死亡するという綱渡りの状態から不死鳥の如く復活し、

青年期では十尾相手に体術を披露するなどの活躍ぶりをみせた事から、青春パワーとは死すら克服する不思議な力があるのかも知れません。
 
 
ただ、勿論、本来死ぬような術を使った代償はあるようで、片足は完全に動かなくなっており、車椅子生活となってしまいました。

【ナルト】ガイ先生の父親、マイト・ダイのその後について

ガイ先生の八門遁甲ですが、実は父親から譲り受けた唯一の術です。

上記の濃い顔の男がガイ先生の父、マイト・ダイなのですが、万年下忍の駄目忍者で、常に努力し続けるものの、才能の無さから年下の下忍にすら馬鹿にされる残念な人物です。
 
 
しかし、ガイ先生の象徴ともいえるポジティブな性格、自分ルールと称した独自の鍛錬法、

緑のタイツスタイル、体術に特化した戦闘スタイル、そして熱く情熱的な発言などは全て父、マイト・ダイ譲りのものです。
 
 
そしてマイト・ダイの最後はガイ、ゲンマ、エビスの三人を逃がす為、忍刀七人衆と一人で対峙し、

八門遁甲を全て開き、四人を打倒し、残りの三人の人生観を変えてしまう程凶悪な戦闘力を発揮した後、燃え尽きるように亡くなります。
 
 
そんな熱すぎるだけでなく、最後までカッコよさを貫いた父の背中を見たからこそ、ガイ先生はカッコいい大人へと成長したのです。

【ナルト】ガイ先生のその後は?

ガイ先生はボルトでもすでに登場しており、リーの子供、メタル・リーへも修行を課すなど車椅子生活になってなお、熱い青春を謳歌しています。
 
 
また、イワベエとの手合わせの際、片足のみで立ち上がり、短時間なら以前より動きが良いという発言をし、

実際戦闘では以前と遜色ない活躍をしており、理屈は不明ですが車椅子のまま跳躍するなど、

忍界大戦で動けない身体になってからリハビリという名のビルドアップに成功しており、現役を離れても修行を続けている事がわかります。
 
 
余談ですがボルト時代のガイ先生の年齢は46歳、スポーツ選手でもほとんどが引退している年齢ですが、ガイ先生は年齢すら克服しているようです。

まとめ

ナルト初登場時には想像できない程強力な戦闘力となったガイ先生は父親譲りの熱い男で、その魂はリーへ、そしておそらくメタルへと継承されていく事が想像できます。
 
 
また、ボルトでも戦えることが証明されたガイ先生ですが、今後いざという時の里の守護神として再び体術、八門遁甲の復活した姿を見る日も近いかもしれません。

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